号漫浪正大

輪るピングドラム ~物語を見直す

That's Entertainment & 雑エンターテインメント

アニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」感想です。ネタバレです。

文句だらけです。嫌な人は聞かないでください。

 

続きを見たくなる作品です。それが「面白い」と言う事なら、面白い作品なのでしょう。

世の中には少しのすばらしき教師と、多くの反面教師がいます。そのどちらかでも学ぶ事は出来る。この作品はこの両方が、しかも強く入ってる作品です。つまり学ぶ事が多い作品な気がします。

こんなに凸凹が大きな作品は無いですね。雑なキャラ設定、世界情勢、演出。魅力のないロボット。合ってないオープニングとエンディング。ご都合主義な展開。中二病な特殊能力。感情のないキャラを出し、しかも思い入れもない使い方。意味もなく死んでいく人達に、雑な死に方。しかし主要キャラは死なない所。

しかし面白い。これで面白いのが面白い。

嘘つきで暴力的だが、たまに優しさを見せるダメ男に付いて行く女の気持が分かる気がしてきます。一点が強く光り、逆光で他が見えない為、周りがボロボロなのに気にならない状況です。

私は前から、多くの作品について「なぜ単純でも良いから、面白要素を少し位は入れて、最低限の視聴率を稼ごうとしないのだろう?」と思ってました。大人なのだから、金銭的に最低限な成功は、作品に必要だと思っています。

コードギアスはその面白要素が入っている。いや面白要素だけで出来ています。

例えば料理研究家が「このコースに、後は美味しいデザートがあれば完璧だ」と言ったら、美味しいデザートだけのコース料理を作ったような感じです。つまり美味いけどかなり偏っています。どうしてこうなったのか? と思いたくはなります。

しかしこれで面白いのだから、「単純でも続きを見たくなるような面白要素」がどれほど大事かが分かるアニメでした。

 

このアニメ、始め思ったのは少女漫画っぽいな、と言う事です。

公式にもピカレスクロマンだと言ってるそうなので、少女漫画から来てるのか? もっと昔の同じ先祖から来てるのか? は分かりませんけど、昔の貴族物語ですね。

ピカレスクロマンは貴族物語では無いですが、元が昔の貴族がいた時期に出来た為か相性がいい。それが合わさって出来てるのがこのアニメですね。

この話、中世ヨーロッパの貴族の話だと思って見れば、そのままですね。ルルーシュも貴族で王子です。学校の友達も貴族です。スザクも大国に滅ぼされた元王子です。そして白の騎士ですね。カレンも貴族。ナナリーは盲目で歩けないお姫様で妹。藤堂も亡国の元騎士です。シーツーは魔女です。元々の黒の騎士団の多くは一般人だが、だからこそ雑なあつかいで魅力がないですね。

普通は一般人が主役級に出てきます。そもそもピカレスクロマンってそんな話じゃないですか? 虐げられた一般人が主役になるのが定石です。

このアニメだったら、例えば一般人が騙して貴族のふりをして主役になるでもいいし、もしくはスザクの立ち位置のキャラが一般人代表になる。

しかしこのアニメでは一般人は死ぬだけですね。貴族だけが輝いていて、貴族だけに自分で決めれる未来がある物語です。これはなんなのか?

たぶん元にした昔の話が貴族物語だったからでしょう。それをそのまま現在に持ち込んだ。間違ってますね。

 

昔は貴族しか自由が無かった。一般人には可能性すらなかった。毎日を生きて行くだけで精いっぱいだったのです。

今の日本の時代劇を見れば分かりますね。刀を持った奴しか出てこない。そういう人にしか魅力的な物語になる状況は無かったからです。

だから昔の物語はしょうがないですね。事実、農民を主人公にするのは無理な話なのです。

 

昔は一般人も貴族物語を読んだのですね。憧れです。格差があるのが当たり前で、それが変わる訳が無い時代では「貴族にあこがれる」しかなかったのです。

それが時代と共に変わってくる。皆平等なのだと思えてくる。そうすると貴族物語が馬鹿らしくなり衰退していくのです。

しかしその後、皆が幸せになり「皆が貴族になった」様な気がしてくる時代になります。そうすると王子様みたいな人が、全ての人の前にもあらわれるのじゃないのか? と思えてくるのです。だから貴族物語か、もしくは今風にして金持ち物語が流行ったりします。

面白いのは、少し流行はずれたりします。「セーラームーン」は1992年です。明らかにバブルの頃の女の残り香が漂っているけど、この漫画が始まった頃にはもうバブルは終わりに進んでいたのです。

そして「花より男子」も1992年です。これも王子様物語で、バブルがはじけた後に出てきます。

少し流行に後れる理由の一つは、ジュリアナ東京が1991年から始まってる様に「いや今までの生活は変わらない筈だ。変わらないであってくれ、ほんの少し悪くなりまた戻るだろう」なんて幻想が出て来るので、遅れるのだろう。

「ベルばら」も1972年です。あさま山荘事件の年です。この時に貴族物語であり、しかも最後貴族が倒れると言う話です。しかし現実には連合赤軍が倒れてるのです。面白いですね。

ただ松任谷由実の「恋人がサンタクロース」が1980年。これは先取りしてますね。1986年からバブル経済です。そして1987年公開映画「私をスキーに連れてって」のバブル全開映画の主題歌ですね。絵本だけの話では無く「恋人がサンタクロースなんだよ」と言う歌詞です。「あなたの王子様ははいるんだよ」と言ってる様なものです。今聞くと馬鹿っぽいですね。

数年前の韓国で、景気が良い時代は金持ちが活躍する物語が流行ったそうです。しかし景気が悪くなりそれも無くなる。馬鹿らしくなるのです。そしてリターンナッツ事件です。

日本も同じで、景気が良い時にはお金持ちや王子様を信じられるのです。そして不景気になると見てられなくなるのでしょう。ただタイムラグが数年ありますけどね。

コードギアスは2006年です。リーマンショックが2008年です。あと数年遅れてたら、話の内容が変わってたかもしれません。

私の感想だと、現在なのに貴族が流行る時は良くない時だと思っています。皆の感覚が何かずれている時代です。逃げているのか? 酔っているのか? 危ない時です。このアニメも感覚がずれてますね。

でも貴族を倒す物語じゃないのか? と思いますか? しかし貴族社会を倒す貴族の物語です。そんな訳ないですね。ずれているのです。

 

時代と共に流行は回って帰ってきます。それもあって貴族物語が2006年に流行るのだろうけど、本当中二病ですね。

一般人が死ぬだけの貴族の物語に乗れる人々。意味もなくたまたま世界を変えれる特殊能力を得れる事に乗れる人々。本当に中二全開です。

ただルルーシュの口調もそうだし、設定もそうなのだが、この中二病全開はわざとでしょうね。

分かってて乗るのは良いと思います。プロレスのようにです。しかし分かってない人は中二なので注意しましょう。

 

ギアスと言う特殊能力、なんでも「命令できる能力」ですね。面白いですね。

これをリアル中学二年生に聞いてみたとします「物語を作るとして、主人公が特殊能力を得るのだけど、どんなものが良いだろう?」と。

「なんでも言う事を聞かせる事が出来る能力」とは言わないでしょう。リアル中二でもこんな子供騙しに聞こえる能力は設定しないのです。たぶん小学二年生位ならこの能力を言うでしょう。つまり小二病な能力です。

しかしです。「もし本当に自分が特殊能力を得れるとしたら?」と考えた時は違います。その時は「何でも言う事を聞かせる能力が良い」と思うのです。ご都合主義全開でもかまわず、自分自身ならそう願う。

だから面白いですね。皆が物語としたら馬鹿らしくて設定しないが、皆が分別もなく願う能力がギアスなのです。だからこの中二物語にはあっているのです。

中二物語だと始めから言っています。ルルーシュのキャラや台詞からそう言っている。客はそれが分かっていて見てる物語なので、このギアスで正解なのです。

他のギアスも「記憶を変えられる」とか「時間を止める」とか、とにかく単純で中二な設定です。しかし一周周って新しい。この位でないと世界を変えれない。物語の時間も限られている中で難しい事はしないで単純にする。しかも昨今の難しい特殊能力からの難しい設定が出来ない位なら、始めから簡単な方がいさぎ良いし、その方が物語は上手く行きます。出来ない事は始めからしない方がいいのです。

どこまで狙ったのかは分かりませんけど、結果この中二能力は正解でしたね。

 

世界情勢も単純です。基本三国しかないですからね。

SF要素もないですね。ギアスはファンタジーですからね。

これら単純な設定も「始めから中二物語なのだ」と言い切ってしまってるので、嫌にならないのです。

そこにCLAMPがキャラ原案なのも効いてきます。これも「リアルじゃ無いんだよ」と言ってるからです。

始めから出来ないのなら「この世界は嘘だよ」と言いきった方がいいのです。それで視聴者に対し嘘にならない。見てる人も始めからそういうものだと思って見れば、見れるのです。これは私が前に言った「客との約束は破るな」と言う事ですし「ハードルを低くする」と言う事です。それが見事に決まってますね。

アルドノアゼロの時は雑な演出が頭に来ました。コードギアスの演出レベルは同じ位でしょうか? でも頭にこない。

アルドノアの時は人の死がいい加減でげんなりします。しかしもっといい加減なコードギアスでは(あまり)頭にこない。

これこそが中二病の力ですね。始めから「嘘っぱちのファンタジーなのだウハハハハ!」と物語が言ってくれてるので、頭にこないのですね。これが嫌なら始めから見ないだけなのです。面白い効果ですね。

 

ただ本当に演出が良くない、所か無いのじゃないのか? とさえ思って見てしまう物ですね。

始めの方でルルーシュが、母が殺された事で反逆すると言います。なぜ昔の母との思い出を描かないのろう? と思って見てました。

それで皆が、昔のいい思い出があるからこその仕返しだと思う訳です。これが定石ですね。

スザクとの事も普通は子供の頃の話を入れる。しかし入れない。入れれば「昔は友達として仲良かったのに」と言う葛藤も生まれるのに、しない。

前にも言った様に、押井守さんが師匠に「演出は盛り上げる事ではなく、何かに向かい全てを作っていく事だ」と言うような事を言われたとありましたね。本当にそうですね。逆算して目指す所に向かいのに大事なシーンを置いておくものです。オチの前にフリがあるようなものです。しかしそれが無い。ビックリする位無い。

フリもなくオチを言うジョークの様なものです、が面白いアニメです。ザコシショウの様なアニメですね。逆にすごいとも言えますけどね。

 

しかしです。それでも限界があります。いくら何でも雑過ぎる所が、しまいに出て来る。

ユフィの所、何でしょうね? いくらなんでも雑過ぎる。

ルルーシュがちょっと口を滑らす。それで虐殺が始まる。「は?」って思いますよね。いくらギアスが言う事をきかないと言うのがあっても、雑過ぎる。

あそこのシーンに製作者の限界が見えますね。

過ぎたる力、特殊能力を制御できなくて虐殺を起こすのはルルーシュでは無いですね。製作者です。このアニメ制作に付いて行けず、能力を暴走させたのは製作者です。

あくまで雑に「面白そうで、皆の注目を集める物は?」と編み出した内容です。

そして結局、我を無くし銃を撃ちまくって皆殺しにしたのはユフィでは無く、製作者です。おかしくなり銃を撃ちまくったのは製作者ですね。

 

最初の虐殺は意味がありました。クロヴィスが悪い奴で殺されて当然だと思わせる為です。ルルーシュの反逆が正しいのだとも思わせるものです。

しかしユフィのは違う。ただ面白くさせるだけだと客にバレるものです。それだけの為に、雑にルルーシュが口を滑らせただけで虐殺する。ここはいくら何でも酷いですね。虐殺がでは無く、アニメ作りのやり方が、です。

 

例えば意味を持たせたいのなら、酷い日本人をあらかじめ出しておく。それが何か酷い事をして「ブリタリア人は殺す。それが日本人のする事だ!」とか訳の分からない事を言う。それに対し怒ったルルーシュが銃を向け「それが日本人だとしたら、日本人などすべて死んでしまえ!」と言う。その時、そんな奴でも救おうとしてユフィが間に入り、その時にギアスが暴発してユフィに暗示がかかる。それで虐殺が始まる。と言うのはどうでしょう?

それであったら一時の感情であっても、ルルーシュの負の感情がユフィの呪いになり、それに過ぎたる力、ギアスの暴走が加わり虐殺が始まる、とならないでしょうか?

まあとにかく、やり方は他にあったよな、と言う事です。

 

準主役級のスザクは人気が無いですね。それは意味不明だからです。

このキャラはただの装置です。その場限りな盛り上げと進行役のロボットですね。芯が無い所か、心が無い所か、中身が無いのです。

これは白の王子様ですね。これはアシタカと同じです。こういう存在が製作者には分からないのです。イケメンな良く出来た王子様です。分からないから中身が無いのです。

他のキャラも中身は無いですね。ユフィも中身は無いけど、やる事が限られているのでそれでも、まあ見れるのです。

しかし悩み苦悩して考えて答えを出す準主役のスザク、このキャラは中身が無いと成り立たない物語です。しかし良く出来たイケメンの気持なんて分からない。だからダメだったのでしょう。

ちなみにルルーシュは体力のない自分勝手な中二病患者です。だからある程度は気持ちが分かったのでしょうね。

 

第二部、R2の方です。

このアニメの噂では、始めは一期だけの筈で、途中から人気があるので二期をやる事にしたようですね?

だから無理があります。

一期の終わりで盛り上がって限界まで来てるのに、二期でまた無理やり冷まします。

一期で虐殺をしたり、それでユフィが死んだりした後に学園物をまたして、それで喜べとでもいうのでしょうか? いくらなんでも馬鹿にした作りですね。

それに二期では皆が雑に死んでいきますね。でも主要キャラは死なない。これもいい加減です。

この死んでいく所はガンダムの影響でしょうかね? でもその意味が分かって無いから主要キャラが死なないのです。まるで大掃除のようです。増えすぎた犬猫を減らす保健所のようでしたね。

二期ではあっちこっちガタが来て、ほころんで行く物語です。

しかしそれでも大事な所で、魅力的で気になる状況を入れてくる。落ちそうなのに地面すれすれで高く飛んで見せるのです。それでまた見たくはなる。

本当に一瞬一瞬の輝きは、ピカイチな物語ですね。だからこそ残念なのですけどね。

でももう一度言うように、輝きがあまりに強いので、全体のイメージが輝いているだけです。悪い所が無い訳でも、少ない訳でもない。逆に多い作品です。でも光で輝いて目がくらんで見えないだけですね。なんて中二な作りなのでしょう。

 

ネット動画のヤングサンデーで奥野さんと言う方が「面白けど何も残らない」と言ってました。これが端的に表してますね。

何も残らないのは、何も信念も思いも願いも無いからです。

一瞬の光だけで、実態は無い物語です。だから何も残らない。

でもこれは出来ましたよね? 大枠はこの流れで、細かな演出が出来る人だったら、心に残る作品に出来た話です。

ルルーシュの最後は良いですね。でもあれをやるのなら、その前から全てをそこに向けて演出していれば……と思えて仕方ありませんでした。それだったら心に残ったのに。

 

この作品は、良い所と悪い所が、両方大きな作品です。

物語を作る人には、ためになる作品だと思います。

それが天使としてなのか? 悪魔としてなのか?

そんな所も、どこまでも中二病な内容でした。