号漫浪正大

輪るピングドラム ~物語を見直す

ネバーランドの呪い

成長しない呪いの始まりは、どこまでさかのぼるのか? アトムだろうか?

 

「成長しないキャラクター」の呪いについて書きます。

 

クリストファーボグラー&デイビットマッケナ著 「物語の法則」を読みました。映画の脚本を作る為の創作術だそうです。

この本の中に、ジョーセフキャンベル著 「千の顔を持つ英雄」の中には物語創作に役立つ事があると書いてあります。神話は同じような作りになっていると書いた本だそうです。だからどの神話の英雄も似たような経験をしていて、千の顔を持ってる同じ英雄が、あっちこっちの話に出てきてるように見える、と言いたいらしいです。

これは、皆が面白がり聞いてしまう神話は、同じような内容になりがちだ、と言う事です。

そしてそれは物語の面白要素は無限にあるわけでは無く、同じような物を手を替え品を替え出してるに過ぎないと言う事でもあります。

皆が面白がる要素はある程度決まりがあり、昔から無数にある神話を調べれば、その面白要素が分かると言う事です。

もちろん神話と言う種類の物語にとっての面白要素であるので、神話にならない様な物語、例えば日常系とか推理物とか等には当てはまらないのですが、神話の中の面白要素だけでも、今でもかなり役立つ要素があると言う事です。

この英雄の物語要素が強く出てるのが「スターウォーズ」ですね。確かに神話に出て来る英雄物語の様な話でしたね。

この本の中では、英雄物語としての外面的な流れの他に、内面的な流れもあると言っています。この内面的な流れが「主役の成長」になるわけです。そして内面的と外面的、両方で客を満足させるものが最高級の作品だと言っています。

前に読んだ脚本の書籍「SAVE THE CAT の法則」 ブレイク・シュナイダー著 ではもっと分かりやすく「どのキャラクターも成長しろ」と言ってましたが「物語の法則」でも同じ事を言っています。内面的な物語が大事であり、それはキャラクターの成長の物語になると、暗に言っている本でした。

 

この有名な本、二冊とも成長が大事だと言ってるので、物語を作る時は気にしてみるべきだと思います。確かにキャラクターが成長する物語は面白くなりますね。

成長する物語で有名なのは「スターウォーズ」ですね。他にこの本の中で書いてあるのが、ジェームスボンドは出来上がっていて成長しないキャラの代表ですが、最近は変わってきて、成長するようになってるそうです。リブートした「アイアンマン」「キャプテンアメリカ」「マイティソー」等も第一作目は面白かったですね。言われてみればこの第一作目らはどれも成長する物語でした。そしてあまり成長しない二作目以降は面白さが半減してましたね。

その他の作品でも、苦悩して最後少し成長する物語の方が面白いですよね?

 

では日本のアニメ等はどうなのでしょうか?

考えてみたら、もう出来上がっている強いキャラクターが多いですね。一つはいわゆる救世主ですね。ウルトラマンです。皆を助け救ってくれる菩薩です。日本人は出来上がっている完璧な者に、すがりたい気持ちが強いのでしょう。他人任せな国ですね。

それに北斗の拳もそうですね。シティーハンターもそうです。キタローも出来上がってます。009も仮面ライダーも明日のジョーもデビルマンも苦悩はするが、成長はあまりしないですね。パタリロドラえもんも物語の中で成長はしないです。心がね。

アトムはどうでしょう? これも体は出来上がってる状態で出てきます。では心は? 最初は世の中を知らないですが、すぐ分かるようになりますね。アトムも悩み苦しみますが成長はしない、心は出来上がった状態です。始め無いのは知識です。しかし人の基本は完成されているのです。少なくとも読者は、アトムが成長していく物語だとは思ってない筈です。つまり手塚さんは、成長の物語とは思ってないで書いたのでしょう。

では宮崎駿作品はどうでしょう? 前に私はアシタカが好きになれないと言いましたが、それは子供なのに出来上がってるからですね。そこが気持ち悪いのでしょう。アシタカも無いのは知識です。心は出来上がってますね。

パズーもシータも出来上がってますね。この子らも無いのは知識の方です。ナウシカも出来上がってます。サツキなんかも何故か大体出来上がってますね。ハウルなんか不安定で問題もあり、成長できそうなのにしないですね。千尋も子供そうに見えて、始めから基本が良く出来た子ですね。これが何を意味するのか?

他の作品で、アムロが主役っぽくないのは共感できないからですね。魅力が無いのです。それに子供なのに成長しないですね。不思議な作りですね。これも皆は、アムロ成長の物語とは思って見てない筈です。つまり成長物語では無いのです。これもなぜなのか?

ちなみに碇シンジももちろん成長しないですね。成長しないのに「おめでとう」です。わいてるんですかね?

つまり日本のアニメには成長しない呪いがあると言う事です。

 

ここからは私の勘になります。ご了承ください。

宮崎駿さんも富野さんも「人は成長なんかしない」と思ってはいないでしょうか?

私にはそう思えてならない。

もっと正確に言うと「勇者レベル1」の奴は「勇者レベル99」になれるが、「農民レベル1」は「勇者レベル1」にはならない、と思ってはいないでしょうか?

人は変わる事など出来ないと思ってはいないのか。

すばらしき子供だけが、すばらしき大人になる、と思ってはいないでしょうか?

昔ドキュメントでジブリの事をテレビでやってました。そこで若い人に駿さんは基本の事を教えてました。食事の風景を描いて来いと言って、書いたものに「こんなに机に体を付けて食べる奴はいない」と言うような事を言ってました。ここだけ見ると良くやってる様に見えますが、私は「見えない所でも上手くやれてるのだろうか?」と勘ぐってました。つまり次の世代に教える必要性は分かってるのだろうけど、上手く出来るのかな? と勘ぐってたのです。結果ジブリがなくなったので、私の考えがあってたように思えますが、どうでしょうか?

(2020/6/30追加、正確にはジブリは制作部門がなくなってと言いたかったのだが、また復活してたようですね。ただ後に続き残る監督が育たなったように見える事には変わりはないので、あってるように見えます)

 

昔の人はすぐ「習うより慣れろ」なんて言いますよね?

では「習うより慣れろ」な物の最たるものは何でしょうか? スポーツとか楽器を弾く事がそうでは無いでしょうか?

ではプロスポーツ界はどうでしょう? ピアニストを目指す人はどうでしょう? 教える人がいませんか? いや、教える人やコーチがいないとやっていけないとは思いませんか? つまりレベルが高くなったものは、教える人がきっちり教え、その上で自分で練習して初めてたどり着けるのです。

しかし日本は「習うより慣れろ」ですね。だからしまいに新たな若い人は、他国に追い付かなくなるでしょう。教える事の大事さが分かってないこの国は、相対的にどんどんレベルが落ちていく事でしょう。

 

宮崎駿さんも富野さんも昔の人なので「怪しいな」と私は思っていたのです。

しかも成功者です。彼らは多くを誰からか習わないでも、自分で頑張って成功したのだと思います。だから「やる気と能力がある奴は教えないでも勝手に上ってくるのだ」と思ってはいないでしょうか?

アムロもアシタカも成長しないのです。「すごい奴は始めからすごいのだ」と思ってはいないでしょうか?

自分らは自分でのし上がってきたと言うかもしれないけど、時代が違うのです。本田自動車とアップル、それらの始まりと同じような事をやっても、決して現在に本田やアップルは出来ません。時代が違うのです。宮崎駿さんと富野さんが出てきた時代とは違うのだから、次の世代が同じように自力で世に出て来れると思ってたら、難しいのでは無いでしょうか?

成長しない物語は今一面白さに欠けます。人が成長するように手を貸さない世の中も、面白さに欠けるし、誰にとってもいい事は無いのです。

 

ちなみにアムロに足りないのは魅力です。そして成長です。だから主役では無いのです。あれはただのすごい奴です。ガンダムと同じです。ガンダムを動かす動力源の一つでしかない。ガンダムを軸に動いて行く時代を描いたのが「ガンダム」です。しかしガンダムは主役ではない。アムロガンダムの動力源みたいなものなので、同じように主役では無いのです。

そしてそれがあるのが「のび太」ですね。ドラえもんの漫画が6巻で一度終わる時に、魅力と成長を示すのがのび太でしたね。

だからアムロもアシタカも最後まで進行役であり、ガンダムの様なアイテムでしかない。それに対しのび太は主役なのです。

 

そしてしつこいようですがピンドラです。

この物語で分かりやすく成長するのは荻野目 苹果だけですね。後は成長するにしても分かりづらいですね。

しかし冠葉が大人に騙され闇落ちしていく物語です。

そして眼鏡先生とファビュラスマックスが子供の頃に救われる事により、最後自分達が次の世代の子供に愛を伝えていくと思う物語です。

悪くなった人も元から悪ではない。昔の子供の頃はまともな時があった。その時に救われていたら良い人間になったかもしれない。と言う物語なのです。

「良い人間は、才能ある人間は、子供の時からそうだ」と言うのではなく「子供の頃に救われたなら、人は変われた可能性がある」と言う物語なのです。

成長する物語は「人は変われる」と言う事です。ピンドラはそこまで綺麗事ではなく「子供の時には変われる可能性があるし、良くも悪くも大人は子供を変えれる、子供でも他人を救える可能性がある」と言う現実的なあたりで落としている物語なのです。

この角度で見ても「ピンドラはレベルが違うな」と思わせる物語ですね。

過去から受け継がれてきた呪いに立ち向かう物語だったのです。