漫画「タコピーの原罪」感想です。ネタバレです。
ネット動画「山田玲司のヤングサンデー」で紹介されていて、面白そうだったので読みました。
まあ、よくやるね。
ファンタジーですね。
見終わってみると、別にそれほど突飛なことをやってる訳でもないのが分かります。
「ドラえもん」とかを逆さにして、ひねって、最近流行りなダークな現実を混ぜれば、出来そうな感じがします。
しかしこれが、ただの注目を浴びる事だけを考え、刺激的な事を入れただけではなさそうな所が良いのです。
大して考えないで、刺激的な物を入れたのはバレます。反逆のルルーシュなどはそうでしょう。浅さがバレるのです。
しかしタコピーは考えられている。少なくとも主要キャラ達は考えられてます。
逆に言うと、主要キャラ以外がただの象徴や記号でしか無く、人ではないですね。
そこが少し引っかかりましたが、まあ、短い物語なので、他の人を記号化するのも仕方がないかな? とも思いましたが。
主要キャラは、人らしく多面性があり、それらしく作られてます。
元来、人と言うのは多面性がある。良い人や悪い人ではなく、その両方があるのが、ほぼ全ての人です。
だから記号ではなく人を描きたいのなら(少しでも良いので)多面性をもたせるべきですね。
それをこの漫画はやってます。よく出来てます。
主役っぽい子、しずかは、始めは人が良さそうだけど、そうでもないですね。
弱い子、虐げられた子、というのは「心が綺麗」というのが物語の定石です。
しかし実際は性格はひねくれます。
残念な事ですが、辛さしか味わってない子は、性格がひねくれた優しさがない子になるのです。
優しさをうけて、初めて人は他人に優しく出来るのです。誰にも教わらないで、優しさをどうして知ることが出来るというのでしょう?
だから実は親がそこそこは金持ちで、顔もよく、そして親が優しい子供のほうが、優しい子になったりします。残念ですが、事実は事実です。
この辺の事が、タコピーではよく出来てますね。
そして、まりなもそうだと言うお話です。
こっちは、悪いだけかと思わせておいて、まともな所もあったと言う物語にしてますが、やってることはしずかと同じで、表から裏が、裏から表に変わっただけです。
この物語は、親が悪い物語です。
結局、小さな子供には親が全てだったりするので、そうなりますね。
そして親が悪いとなると、人生全てが悪いとなりやすい。
だから子供にとって親が悪いと悲惨です。
この国はこの辺の事には弱いですね。他国みたく、酷い親から子供は強制的に引き離すなどをしないと行けないでしょう。
親問題もそうですが、いじめ問題もそうです。なぜかゆるいのがこの国ですね。親の虐待といじめからは、見捨てる国です。
救える人を見捨てる国に未来はないでしょう。それすら出来ない国に何が出来ると言うのでしょうね?
東君が出てきます。この子も親問題ですね。
そして最後に分かる。兄が重荷だったが、実は味方だったという事がね。
意外と逃げ道があるものだ、という事でもあります。
ただ逃げ道が無い子もいるから、それが問題であり、逃げ道がある東君は、だからこそ主役級では無いのです。まだマシだからです。
ちなみに、この東君がまざり、犯罪がエスカレートしていく所が、子供の犯す犯罪らしくてよく出来てましたね。
たぶんあんな感じです。なんとなく逃げれなくなり、エスカレートしていくのでしょう。
そして心のない奴が引っ張っていくことで、悪いことを繰り返すのです。この時はしずかがその役なのが面白いわけです。
ひねくれた子供、しずかはまともな感情を学ぶ機会がなかったので、ああなるのです。
そしてタコピーですね。ドラえもんですね。
この物語は一見ドラえもんのアンチテーゼっぽいですが、違います。
タコピーの原罪だから、タコピーには元々問題があると言うことです。
タコピーは幸せの押し売りですね。幸せに生きてきた幸せしかわからない奴が、他人を幸せにしようとしたって、分かりようが無いという話です。
何か道具をやり、それで幸せになるだろう、なんて考えている奴です。
不幸を知らない幸せ者であるのが、タコピーの原罪です。
未来の道具でも、人は幸せにはなれない、と言う話です。
しかしちゃんと物語中にタコピーは気がつく、寄り添ってやって一緒にいる事が大事なのだと分かるのです。そこに道具なんて関係がないのです。
でもね。ドラえもんだってそうなのです。一度終わりをむかえますねドラえもんも。ドラえもんが未来に帰るお話の回です。
この時、のび太くんがドラえもんの道具を頼らず、ジャイアンに喧嘩を挑む。そうしないとドラえもんが安心して未来に帰れない、と言って。
それを見てドラえもんは安心して未来に帰ります。この回で、大事なのは道具ではないと言ってるのです。ドラえもん自体が、のび太くんに必要なものだったと言うのが分かる回です。
ドラえもんの物語自体が、道具ではなく、寄り添う人が大事なのだと言う話だったのです。
だからタコピーもドラえもんも、行くつく所は同じだったのです。
タコピーはただの幸せの塊で、だからこそ不幸せの人のことなんか分からないやつです。
だから不幸な人を幸せには出来ない。
しかし本気だったのです。だから最後には気持ちが通じる。
ここまでの本気の気持ちは伝わるという物語です。不器用でも、他人の気持ちが分からなくても、本気の気持ちは伝わるのです。
見終わってみると分かりますが、しずか と まりな は似たもの同士だったのです。
タコピーの記憶が、二人に優しさを教える。
それと同時に、似た体験から、似たもの同士だと気づかせるのです。
一巻の表紙がしずかです。そして指に赤い糸が結ばれている。
そして二巻がまりなで、これもまた同じ絵柄で、同じ泣き顔で、だから似たもの同士だと伝え、そして赤い糸がまりなの指につながっていたのです。
べつに異性としての好き同士とかではなく、あくまで子供にとっての運命の相手だと言うことでしょう。
子供にとったら、自分と似た境遇でいる友達が一人いれば生きていける、と言いたいのかと思います。
だから最後はしずかとまりなが一緒にいるのでしょう。
人は一人でなければ生きて行けるのです。
この二人は一人でないと気がついた。たまたま不幸なやつが近くに二人いた。それがファンタジーです。
不幸が二人いたのが、ファンタジーなのです。
何が奇跡かなんて分からないものです。
タコピーが来たのは、ありえない奇跡です。
不幸な子が近くに二人いたのは、ありえる奇跡です。
実は、一見可能性がなさそうでも、何処かに生き残る道があるかもしれない。
その一見分からない、かすかな奇跡を願う、そんなファンタジーでした。