映画「ドリームシナリオ」考察です。少しです。
アリ・アスターがプロデュースとあるが、別にアリアスターだけではないみたいで、たぶん宣伝用なのでしょう。
ただ、宣伝でも名を使わしてもらえるのだから、アリアスターがこの監督を気に入ってるのは確かだと思う。
たぶん、これから出て来るだろうから、クリストファー・ボルグリって名を覚えておいてもいいかもね?
やってる事は、とってもアリ・アスター。これで全てが分かる。
まず表だが、SNSとかで、勝手にバズって、勝手に嫌われる事などを皮肉込みで言ってるのだろう。
まあ、ただこれは、大したことは無い。
次に裏、主人公ニコラス・ケイジは、なぜあの頭なのか?
彼が「神」でしょう。
そしてたぶんユダヤ教の神です。
妻がユダヤ教か?
元々神は人を助けてくれません。だから初めのころの夢では、危険が来ても何もしてくれない。
それがたとえ娘で例えてる、キリストであってもです。だから初めに娘を助けないし、実際でもキリストは死んでしまうのです。
それが後世になると勝手に魅惑の対象にされる。
キリストが「神は信じる者を、誰それかまわず助けてくれる」と言うようになる様に、自分に都合のいい事をしてくれる存在だと、勝手に思うようになる。
その後、勝手に恐怖の対象になるのです。
これはキリスト教が広まっていき、キリスト教徒の野蛮な行いから、恐怖を他の宗教の人が持ってしまった事。
他にも、イスラム教が広まっても、敵対するキリスト教徒には恐怖でしか無かった事でしょう。
つまり、神自体は何もしてないのに、勝手に周りの行いから「あの神は恐ろしい物だ」と決めつけられていく事を、表していたのです。
最後、二人の娘からも離れてしまう。
元々のユダヤ教の神を、キリスト教徒もイスラム教徒も、どっちも見もしなくなったことを表しているのでしょう。
そしてとうとう自分を元々思ってくれていた人、妻、ユダヤ教徒も見てくれなくなった事を表している。
最後、妻は軽く泣きながら「またね」とは言う。だから神をまるっきり気にして無くはない。
しかし、一緒には住まない。「昔みたいに神を信じ切っている頃とはもう違う」と言う事です。たぶん現代のイスラエルでもそうでしょう。
神は最後、昔を懐かしく思うようになるが、それは既に無く、戻ってこない夢だと言っているのです。
とっても、とっても、皮肉たっぷりであり、とってもアリ・アスターっぽいですよね?
ああ、ちなみに「スプライトのCM」って所、ヒントです。
「8 1/2」でもスプライトが言葉で出て来るのだが(スプライトのイタリア語の方だが)、そこから取ったのでしょう。
追加、
(もしくは、主人公がキリスト教かもしれないが、まあ、そのあたりの話なのは間違いが無い。
またポスターが青に黄色だったので、「神が助けてくれないウクライナ」の事をまた言ってる気もしました)