号漫浪正大

輪るピングドラム ~物語を見直す

一見、美しい戦争

映画「ダンケルク」感想です。ネタバレです。

 

クリスファーノーラン監督ですね。とてもノーランらしい映画でした。

なんとなく雰囲気で押してくる映画であり、だからかあまりセリフを言わない。

それに時間軸をいじくり、どの時間、どの場面なのかを分かりにくくしてきました。

それと映像が美しいです。

 

まず、実際の戦争を描くので、普通はリアルにする必要がある。

だから一見リアルです。しかし始めのシーンから違和感だらけですね。

映像がきれいすぎる。戦争映画であり、観光映像じゃないんだから。

ただ第二次大戦くらい昔であってもフランスは、意外と綺麗だった可能性はあると思っています。だから結構あの映像でリアルなのかもしれない。

ただもしあれが当時のリアルなフランスでも、普通はそこを切り取らない。

 

そして敵に見付かり、銃で狙われ逃げ回る。

走り、すぐ仲間の前線にぶつかる。そしてそれを抜け、すぐに海岸に出て、仲間が多くいるところで落ち着く。

いや近すぎるし、早すぎる。

敵から銃で撃たれた所から200メートルくらい走ると海岸で落ち着ける。そんなわけある?

これも場所と一瞬の場面だと実際でもあったかもしれないのは分かる。敵の一部が様子見で突っ切ってきた一瞬だとあるかもしれない。

ただこれもそうで、この珍しい一場面を普通は切り取らない。

 

そして全てに置いて映像が綺麗です。

これも普通の戦争映画の方が汚くし過ぎなのかもしれない。

だからあの程度の汚さで大体はあってるかもしれない。

にしても、綺麗に撮りすぎる。

 

時間軸をいじります。だから分かりにくいと言う意見がネットでは見られます。

ただ思ったよりは分かりにくくはない。

そもそも分からなくてもいいような内容です。ただ「生き延びるのは大変だな」と気がつけばいいサバイバル映画です。だから分からなくても成り立ちます。

それにあの映画で、ちゃんとした時間でやると、ただのつまらない映画です。

「分かりにくくて、つまらなくなった映画」ではなく「分かりにくくして、少しは面白くなった映画」でした。だからあれは正解です。

 

これらの事から「あの映画はどういう風に見るべきか?」が分かります。

あれは「当時の事を、誰かが数年後か数十年後に思い出し、映像化したもの」と思って見れば、それらしく見えると思います。

だとすれば、映像が綺麗なのも、皆が不自然に喋らないのも、時間軸がバラバラなのもつじつまがあいますね。

皆があんなに喋らないわけがない。でも思い出し映像なら「あんなにいるのに皆落ち込んで喋らなかった」と言う記憶からああなった、と見れば分かる。

時間軸も思い出しならバラバラです。

映像が綺麗なのは「美しい思い出」だからです。

負け戦で、逃げ戦です。でも素晴らしき敗戦だったことは、最後まで見ると分かりますよね? だからあの時から年数が経てば「美しい思い出」に変わることでしょう。その印象の方を映像化したとすれば、まあ分かります。

 

ただこれを監督が狙ったのか? たまたまか? は分かりませんが。

でも狙っとすれば、誰の記憶か?

もちろん監督なわけがない。年が若すぎる。

では誰か? たぶんイギリスの記憶でしょう。

監督はイギリス出身ですね。だから「イギリス国民の素晴らしき記憶」が分かり、その「擬人化したイギリスの記憶を、映像化した映画」を作った可能性はあります。

だから、とってもイギリス美化映画でしたが、わざとかもしれない。

わざとなら仕方がないが、だからリアルな映画ではないという事です。

「リアルなダンケルク映画」ではなく「リアルなイギリスの素晴らしき記憶映画」だったのです。

 

ならしょうがないのだけど、一歩通行なのが気に入らない映画でした。

ドイツ側だって人です。モンスターと戦ってるわけではない、人と戦っていたのです。

相手側だって色々あったことでしょう。イギリス側で相手を撃ち落とせば喜ぶが、相手側から見たら不幸な話です。

ドイツ兵だって殆どは、ただやるべき事をしてるだけの話で、見てる方向が違うだけで、同じ人なのです。

だから一歩通行でしか見てないこの映画は気持ち悪かったですね。

あるひと握りのおかしな人達が行った戦争に巻き込まれ、多くの一般人が不条理に死んでいく。しかも双方のほとんどが、普通の人なのです。

ここを描けばもっと深めな話になったと思っています。

 

戦争は、不公平で不条理です。

死ぬ時はランダムであり、生き残るのはたまたまです。これは始めの場面ですでに言ってますね。皆後ろから撃たれて死ぬが、一人は生き残る。ただどう見てもたまたま生き残っただけですね。

しかしここにも生き残る人の「可能性高さ低さは制御できる」と言う所は伝えている所が、正直と言うか、いやらしい映画ですね。

まずは、行動力が生き残る可能性を高める。始めから出てきて、最後生き残った彼は行動力がありました。だから生き残る可能性が上がる。

それにズルもする。皆並んで待っているのに、ズルをして船に乗り込もうとします。あれも生き残る可能性は上がる。

フランス人もずるをします。途中でなくなってしまったが、途中までは上手く言ってたので可能性は上がりました。

フランス人だからと「出ていけ」と言った彼も生き残る。人としてどうかと思うが、そんなやつが生き残るという事です。

戦争なら、上官は生き残る。偉い人はやはり逃げやすく、生き残ると言う事も描いています。

しかし真面目すぎるやつは死にやすい。真面目にフランスに残った偉い人がいましたね。あの人はイギリスに帰ったほうが生存率が上がるのに、真面目なので残り、死ぬかもしれません。

燃料がない飛行機乗りも最後ダンケルクに取り残される。真面目なやつは死にやすいのです。

小さな船で向かった人達。彼らも救いに行くことにより死にやすくはなる。

それについて行った子供が死にます。真面目でしかも弱いやつは死にやすいのは間違いはない。この辺はいやらしいけど、監督は正直ですね。

 

しかしその真面目な人達が、大勢の人を救ったのは間違いがない。

飛行機乗りも小さな船で助けに行く人達も、自分は死にやすくはなるけど誰かが多く助かるようになるのは間違いがないのです。

 

でも最後の最後は運だと言う。

桟橋に取り残された下級兵士が生き残る。何もしてないのに生き残る。

これが戦争だと言う事ですし、人生だと言う事です。

これは逆に言うと「生き残ったやつが上手かったわけでも、頭が良かった訳でもないかもしれない」という事です。

可能性は上げられるけど、最後は運だというのです。その通りです。

 

最後の方で、盲目な年寄りが毛布をくれる。あれはどっちかな?

自分が出来る事を精一杯する事、それが一つになって何かを成し遂げる事だ、と言う事か?

もしくは、生きて帰った人を褒め称える当時のイギリス人は盲目だった、と言う事なのか? だとしたらかなりひねくれた嫌味ですね。

 

ダンケルクでの退却戦は成功です。

しかしあれはイギリスが成功したと言うよりは、ヒトラーの失敗ですね。

そもそもイギリスも失敗したのだから、イギリスは逃げてるのです。

ただその失敗から成功に持っていった歴史があとにあるので、綺麗な思い出になっているだけですね。

その後の素晴らしき成功と、しかし問題があって失敗した事、その両方を念頭に置いて描いたのなら監督は素晴らしいですが、どうかなあ? というのが感想です。

ただこの美化された映画が、不自然なくらい最後は美化してるので「逆に気持ち悪さを描いた作品」とも取れなくもないですね。

 

ノーラン監督は、毎回何かをやって来ます。

ただどれも、何か今ひとつ練り方が足りないと思っています。

この映画も、もし何かやりたい事があったのなら、もっと深く練ったのなら良かったと思います。

「一見美しい戦争」と言う皮肉は、ノーラン監督自身にも降り掛かっている事に気が付くべきですね。