号漫浪正大

輪るピングドラム ~物語を見直す

勝者はいたのか?

寺山修司監督、映画「ボクサー」感想です。

 

寺山さん唯一のメジャー配給会社からの映画だそうです。東映ですね。

ボクシング好きな寺山さんが、菅原文太さんに監督するかと聞かれてすぐOKしてしまったようです。

寺山さんは明日のジョーの主題歌の作詞をしてますし、アニメキャラ力石徹の葬式まで上げた人です。葬式は知ってましたが、この人だったのですね。

 

内容はどうでしょうね? ボクシングらしさは出てると思います。

どうもまともな映画としての作り方に近いので、この人の良さが少ないですね。

物語だけだとしたら、寺山さんよりもっと上手くやれる人もいたでしょう。

 

さて恒例の暗喩探しです。

ただまともな映画の作りだったので、そんなに多くないのと、それよりもそれが分かったからと言って何なんだ? と言う方が大きかった映画です。

 

菅原文太演じる隼はアメリカの事でしょう。元東洋太平洋チャンピオンなのもアメリカからです。

となると主役の天馬は日本になる。

天馬の名はトウショウボーイからでしょうかね? wikiによると天馬と言うあだ名だったそうです。そして父馬と母馬がアメリカ産とイギリス産です。この二つの影響から出て来た海軍国が日本と言う事なのでしょうか? まあ、あってますけどね。(ちなみに寺山さんは競馬好きだったようです)

二次大戦時日本がアメリカに戦争をする。わざとじゃないとでもいうのでしょうか? 弟を殺したがわざとじゃなかったと言う所の事です。まあ元々はアメリカに対して悪気はなかったと言うのは、生き残った多くの国民感情なのかもしれません。

その後アメリカは日本のトレーナーになるのです。

そして最後に新人王として中国と戦う。相手が中国人みたいな名でしたね。

そして手を取り合って戦い勝つと言う物語です。

これがチャンピオンでもなく、ただの新人王戦なのがいい訳です。あくまで世界の新人王戦で出て来た中国とこの頃戦い、勝ったように見えたのが日本だと言う事です。この頃の日本はまだその程度だとも言えます。

もしくはアメリカと組んで左翼化から勝った、と言う事かも知れません。

日本は足に怪我をしている。これは第二次大戦の事か? もしくは学生運動の事です。

アメリカも年取って病んでいて目が悪く良く見えなくなっている。これはこの頃ベトナム戦争で負けて弱っていて、世の中すら良く見えてなかったと言う事でしょうか?

隼が途中で戦いを止めてしまった事は、ベトナムの事でしょう。

今だと日本がアメリカをトレーナーとして付け中国に勝つ、と言うのは気持ち悪い話ですね。

しかしこの頃はまだアメリカもベトナム戦争で弱っている頃だし、日本も学生運動で弱っています。そして弱った者同士手を取り合って頑張って行こうと思っても、この頃ならしょうがないですかね?

 

面白いのは、戦いは不条理だと言ってる所です。美化はしてない。

別に戦う相手は敵ではない。しかし金の為に戦い勝ちたいのです。

そして恨まないといけない。恨む相手でも無いのに恨まないと勝てないのです。

しかしアメリカも日本も何を手にいれたのか? と言う事です。

妻も子もいなくなります。恋人も去って行きます。そして体を壊し、勝ち取ったのは何なのか?

むろん最後の勝ったシーンは否定では無いでしょう。それでも前向きに頑張った証です。

しかし全肯定でもない。皮肉もある。戦う事で、全てを失い負ける人が出て来る。勝ったはずの人も戦いから何かを失う。

かつてのチャンピオンが不条理に死んでいったニュースが出て来ましたね。チャンピオンすらなったとして、それが何なのだ? と言う事です。

本当の意味での勝者はいたのか? 誰だったのか? どの国だったのか?

 

暴力で勝ち取る事の肯定の様で、実は否定。

しかし寺山さんはボクシングは好きで明日のジョーも好き。つまりその不条理の中で否定しながら肯定もしている。そこに憧れや人間性も認めている。

この辺の複雑な物を、複雑なまま入れて来るのが寺山さんですね。

良いも悪いも考えろと言う事でしょう。

この辺にイクニさんの作品に通じる所があります。

 

wikiによると寺山さんはこの映画の事を話すのに、何気に「ベトナムが」とか話に入れて来る人だったようです。これはこの映画の暗喩のヒントだと思っています。

イクニさんは「ユリ熊」制作の時「ガンダムの様に」等と話してたようです。これも同じ事をしてましたね。ヒントです。

 

あまりに好きな物をやると、それに引っ張られて上手く行かない事があると思っています。

この映画は今一どうしたいのか分からない作りだった気がします。普通にやりたいのか? 新しい事をやりたいのか? どっちつかずでした。

今見ると、寺山さんがボクシング物をやりたいんだと言う、それだけが大きかった映画だった気がします。