号漫浪正大

輪るピングドラム ~物語を見直す

印象操作

印象を具現化したのがアニメだと言いましたが、実写でも何でも印象を具現化する所もあるのだな、と思えてきました。

実写でも作られてる所はあるのだから、そこはアニメと同じなのですね。実は線引きは無いのかもしれません。

ただアニメは印象の具現化が強く、実写はアニメよりは弱い、と言う事だけなのかもしれません。

印象の具現化は、印象の協調であり説明であり、印象操作でもあるのですね。

 

花とアリス殺人事件」を見なおすと、背景に赤い色があちらこちらに映っています。

これは何なのか? 意味は? と考え、まあ分からない訳ですが、ただこの作品の背景としてはあっている印象です。

なので個人的になぜあってると感じるのか? を書きます。

 

赤い色が光の代わりに使われていたりします。夕焼けとか電気の光とかなので、オレンジなら分かります。しかし赤はおかしいですね。

それだけではなく背景の端っこが赤く塗られていたりします。明らかにありえない色です。

これこそ印象操作ですね。そしてあっている訳です。

このイメージから感じ取れる事は、まずリアルな背景では無いと思うと言う事です。絵であると見える。たぶん実際の写真からおこしたリアル系の背景なのに、それを絵にする為に役立っています。

そして背景を絵にする事により、単純なキャラとのバランスを取っています。

私は前に、キャラと背景は次元が違うのでリアルさが違うと言いましたが、なんでも限度があります。遠すぎると流石に気味が悪くなってくるので、少し寄せているのでしょう。

それに水彩風な絵である事も含め、昔の思い出であると言う事です。記憶の中の不完全で淡い思い出であります。

そして光り輝いている。いい記憶は脚色されて鮮やかに見えます。それに子供の頃は何でも光り輝いていたのです。世界の全てに可能性があり、輝いて見えていたのです。

それが淡くて赤いのです。女の子の昔の記憶だと言うのです。そして明らかに不自然に脚色された記憶だと言う事です。

つまりこの赤の色が作り出すイメージが、状況や印象の説明や協調になっているのです。

 

映画「ブルーベルベット」です。

この映画のシーンの事で押井守さんが「白塗りの男が口パクで歌を歌うシーンがある。訳が分からないシーンだが、なぜか説得力がある」と言うような事を本で言ってました。

このシーンは主人公がマフィヤのような奴に、どこかのアジトに連れていかれてる所です。主人公は危ない状態であるのだが、どのくらい危ないのかはまだ分からない。注意されて帰されるのか? 殴られるのか? 殺されるのか? は分からない。

まだどちらともつかない状態です。だから主人公は逃げ出さない。殺さると思ったら走って逃げだそうとする筈です。だからこの状況が危ないのは分かっているが、どの位かは分からない。

精神がおかしく見えるマフィヤのボスみたいな奴が、自分に何をしたいのかが分からないのです。

白塗りの男はマフィヤのボスと取引をしている奴です。ボスの味方でしょう。

まず白塗りである。普通の奴では無いと思う。それが急に歌いだす。口パクなので歌が上手いわけでは無い。中途半端な奴だと言う印象です。それに急に歌いだす、これも変な奴だと言う印象を作っている。

それにこの訳が分からない状態「急に意味もなく口パクで歌いだす」は主人公にとって訳が分からに状態だと言う事を表しています。それに次に何が起きるのかも予測が出来ない状態だと言う事です。

つまりこの白塗りの男の作り出すイメージと、主人公の今の状態のイメージと、そこから感じる感情が重なり合うのです。

これも主人公の状態や印象の説明や協調になっていたのですね。それが分かるからこの変なシーンが説得力がある様に見えるのでしょう。

 

よく考えたら、音楽が印象操作の最たるものですね。

バーの中でのシーンとか以外は、そのシーンで実際に流れているわけでは無い音楽が流れています。

つまり別次元の所で流れているのが音楽ですね。客にだけ聞こえるものです。

たぶんドラマやアニメを一度も見ずに大人になった人がいたら「この音楽はどこから流れているのだろう?」と思う筈です。皆なれてるからおかしく思わないだけです。

昔何かで読んだもので、誰かの感想で「初めてウォークマンソニーがら出た時、外で歩きながら音楽が流れているのが不思議だった」と言っていました。今の人はなれてるから不思議には思わないけど、大人になり始めて外で耳から音楽が流れてくる状況を経験した人は、こう感じるのですね。

音楽は印象操作が強いですね。

例えば人の目線で映像を撮ったとします。「晴れた日、二階建ての家が目の前にありドアを開けて中に入る。そして誰もいないが階段で二階までゆっくり上がり、二階のドアを開ける」というシーンがあったとします。この時、明るい音楽が流れていればなんとも思わないでしょう。しかし暗い音楽、もしくは怪しい音楽が流れていれば、同じシーンなのに「ドアを開けたら死体でもあるのじゃないのか?」と考えながら見てしまう筈です。

音楽一つで印象を操作できるのですね。だからこそ音楽は大事であり、どの映画でもドラマでも、ほとんど必ず流れているのもですね。

でも実はその映像の世界には無い音です。

面白いですね。この「次元の違う物を置く」と言う方法は普通に皆使っていたのです。

 

その世界にはない筈の色を背景に入れる「花とアリス殺人事件」。

訳が分からない不思議なシーンで、主人公の訳が分からない状況に追い込まれた事を表す「ブルーベルベット」。

そしてない筈の音を入れるほとんどの物語。

これ等は印象操作です。そして印象の具現化ですね。

これらは実写でもやるのだから、実はアニメは質が違うのでは無いですね。偏ってるだけです。

アニメは印象の具現化だけでほぼ作り出した物なだけです。

だからアニメ等は実写より精神的な世界を描きがちです。やりやすいのです。

ただの子供向けではない。ただの単純な簡略化でもない。

印象を具現化して、印象をそのまま伝えるのがアニメですね。

いやいや、アニメはまだまだ可能性もやれる事も多いですよ。