号漫浪正大

輪るピングドラム ~物語を見直す

ライトでポップでキュートなニクイあんちくしょうと今夜もランデブー

前から気になっていた「アニメのリアルさ」の事を、まとめて書きます。

 

アニメ「デカダンス」を三話まで見ています。

英語でデカダンスは退廃とか衰退の意味ですね。この方向に行くと日本のアニメは衰退していくように見えるのですが、どうでしょうか?

デカダンスはなんでこんなにライトでポップな感じの作りにするのでしょうね?

上の本当の世界の事では無くて、リアルな地表の世界の事ですよ。

サイボーグの世界の方はわざとリアルでは無いので、あの作りで良いのでしょう。でもだからこそリアルな地表の方は、もっと重く暗く描いてほしかったですね。

 

どうも絵柄も物理法則も内容もリアルさから離れた、ライトでポップな感じの作品が多くなっている気がします。

とくにジャンプの作品なんかは分かりやすくライトでポップに向かってますよね? ちょっと安易な方に流行ってるだけですね。あまり考えずこれが流行ってるのだと思って作っている人が多いのでしょう。

「アニメからアニメを学んではいけない」と言う様な事を、確か手塚治虫さんが言ってたと思います。

同じ物からだけ学ぶと、一部は尖ってきますが全体は縮小していきます。新たな増える事は無く少しづつ減っていくからです。伝言ゲームの様なものです。近親交配な様なものです。アニメってインスマスみたくなってきてますよね? 一部は尖ってくるが、細かな事が足りなくなりバランスが悪くなり、いつかは怪物みたくなっていきます。

アニメから学んだアニメ。漫画から学んだ漫画。それだけ行くとデフォルメが大きくなり、ライトでポップになっていきます。ミッキーがそうですね。

 

リアルさは絵柄だけでは無いですね。内容もそうです。

内容もリアルさが無いものになって行くと、描けるものが限られてきます。

ドラゴンボール聖闘士星矢も、もう死の恐怖は描けませんね。

 

上手くやった物で言うと、「まどマギ」なんかは絵柄はライトですね。でも内容が重く暗いので、あれでいいのです。絵も暗いと怖くなりすぎて、見てくれる人が少なくなりますからね。

逆に言うと、内容が深いか暗いかしてる物だけが、ライトな感じな絵で許せるのです。

これはバランスです。内容も絵の作りもライトなら、軽すぎでエアーヘッド(air head

)です。

もちろんなんでも例外もあって、サザエさんみたいな日常系はライトで統一してもいいです。あれは恋愛にあこがれる人が恋愛ゲームをするように、日常にあこがれる人がみる日常です。手に入らない普通の日常を眺める話なのでいいのでしょう。ただこれらが流行る現実の方が問題だとは思いますけどね。

もっと例外もあって「少年アシベ君」や「宇宙家族カールビンソン」は普通の日常系でもなく、だからと言って絵も内容もライトです。しかしこれも、ここまで面白ければ正解ですが、ここまで行けてますか? と言う事です。

つまり、実はライトなもので正解の方が難しいのです。簡単に考えてませんか? と言う事です。

 

きゃりーぱみゅぱみゅの歌のダンサーで、覆面か何かを付けて躍らせてましたね。それをタモリさんがみて「踊るのだから顔を出す意味なんか無いのであれであってる」と言ってました。まあ、ダンサーは顔も含めて見せているとも思えるので、顔を出しててもいいとは思いますが(だからあまりにも不細工な人はダンサーにはなれない筈です)。

しかし「当たり前でそうなっている」のでは無いと言う事です。皆が昔からやってるからと言って、顔を出し踊るのが正解では無いと言う事です。このダンサーは顔を出す方が良いのか? 顔を出さないで良いのか? までを考えていい方を選択するべきです。そこまで出来て本物の演出ではないでしょうか?

アニメの絵もそうで、リアルさが無いポップでキュートな絵が流行っているからとそうするのは、演出としたら失敗していると思います。

物理法則も絵柄も、この物語にとってそれであっているのか? をよくよく考えて決めるべきなのです。

 

内容で、なんでそんなにライト寄りにしてしまうのかな? と思う物があります。「ゾンビランドサガ」なんかがそうです。

このアニメは始め違う人に脚本を作らせたが重い話にしてしまうので、違う人に頼み軽い話にしたそうです。つまりわざとであり、このライトな感じをやりたかったでしょう。

だからこの場合はなんとなくではなく、狙ってやったと言う事であり、そこは良いのですが、でもじゅあ何でライトな作品にしたかったのか? が謎です。

最近はライトな作品が流行っていると思っている人がいます。間違いです。

 

アンケートを取ったりすると「もっとライトに明るく楽しく」と言う言葉が返ってきたりするでしょう。でも違います。

人は自分の気持ちなど正確には分からないのです。だからそれは聞いても無駄です。

「客の言葉を聞きましょう」とか言いますよね。そこはあっています。人の話を聞かない奴は、自分の限界も知らない一番の馬鹿です。そしてその言った事を額面通り受け取る人は二番目の馬鹿です。

例えばネットゲームでアンケートを取ったとします。たぶん多いのは「このキャラをもっと強く、この武器をもっと強く」とか「これをもっと安く売ってくれ」なんて事です。

それを額面通り聞いて実施したらどうなるのか? 初めは喜ぶでしょうけど、敵も相対的に弱くなるし安いのでなんでも買える、しましに「あきたな」とやめていきます。

そして残った人は「もっと強い敵をよこせ」「もっと高くても買える物を増やせ」などと言っていきます。そしてそれをやったら「強すぎて倒せない」「高くて買えない」と文句が出ます。

客は素人です。だからその意見があってるとは限りません。

しかし客が「つまらない」と言ったらそれは間違いないのです。その一人の意見だけかも知れませんが「つまらない」はあっています。

しかし「こうすれば面白くなる」は違うかもしれないし、たぶん違います。その人にとってでさえ違うのです。自分でも分からないのです。

プロはそれを判別するべきなのです。言っている事の何が正解で、何が間違いなのかを。(ちなみに私も物語の素人なので疑って聞いてください。それが大事です)

強い武器が欲しいのではなく、面白いゲームをしたいのです。それを理解しておくべきです。その客の感情から「どうすれば面白くなるのか?」を考えるのがプロの仕事です。

 

物語に戻ります。

ストレスが多い現在社会において、物語も暗いと見てられないので「明るい作品を見たい」等と言う意見が聞こえてくるでしょう。でもこれも概ね間違いなのです。

ネットで「アニメ名作」等と検索してみてください。それで出て来る作品はどんな種類のものですか? 明るく楽しい馬鹿な作品でしょうか? 違います。皆が見たいのは本当はこう言う作品なのです。でも皆自分でもどんなのが見たいのかも、分かってないだけです。

これらの名作の上位の作品の中でも、たまにライト系に思える作品があります。でもその作品のどの要素がうけたと思いますか? 私にはその中の馬鹿っぽくない所がうけたのだと思っています。

ゾンビランドサガ」は結構うけたそうですね。でも私はあの十分の一でも、もっとリアルに深く重くしてくれれば、もっとうけたと思いますよ。(これも重くし過ぎると逆に客が離れていくのでしょうけど)

「マギアレコード」もそうです。これは原作のゲームがあったそうなので、ゲームの方で間違っていたと思います。まどマギを見てた人が「もっとライトに楽しく」と言うのでしょう。それでああなった。間違いですね。そもそもじゃあなんでまどマギがうけたのか? と言う事です。実はまどマギのような物を、多くの人は望んでいると言う事です。だから「マギレコ」もそうするべきでしたね。

客の言ってる事なんて、額面通り受け取ったらダメなのです。

客の感想から「では、どうするのか?」を考えるのは、プロの仕事なのです。

 

とにかく自分で考えて、これが必要だと思ったものを採用するべきです。ただ何となくではなく。

物理法則はそれであってますか? みんなドラゴンボールやワンピースみたく雑な物理法則を好んでいる訳では無いですよ。逆にこの二作品は内容からこれであっていると同時に、内容でこれでも面白く出来るので良いのです。内容でこれら位の事が出来て始めて、この雑な物理法則でも見れる作品になるのです。

絵柄はそれであってますか? リアルさから離れれば、これもまた描けるものが少なくなります。まどマギの絵でバキや北斗の拳やタッチは見たくないでしょう。逆にキングダムは始め人気が出なくて、師匠のアイデアで目を少し大きくしたようです。それでリアルさと、皆が見たくなる絵のバランスが取れて人気が出たのでしょう。どっちが良いのではなく、合っているバランスが大事だと言う事です。

世界観や設定の、明るさ暗さはあってますか? さっきも言った様に、皆が嘘みたいな明るく楽しい話を見たい訳では無いのです。ほぼ明るくても、その中にある少し暗い所も見たいのです。そして明暗があるからはっきりする。暗い所が少しあるから、明るい所がはっきり素晴らしく見えるのです。サザエさんに少しリアルな暗い話が混ざっていたら、たとえ同じ絵を使っていても、あの日常シーンが光り輝いて見えると思いますけどね。

 

皆が求めてる作品のリアルさは、本当にそれでしょうか? 考えてみてください、と言う話でした。